2012年5月2日水曜日

映画『世界は恐怖する 死の灰の正体』(亀井文夫監督 1957)

原水爆実験による死の灰の恐怖を生々しく描くドキュメンタリー
 
16ミリ・モノクロ/80分/1957年(昭和32年)・日本ドキュメント・フィルム
製作=大野忠、井上猛夫 撮影=菊地周、藤井良孝 ナレーター=徳川夢声

この映画について、いまさら多弁を弄することもないでしょう。以下のリンクをご参照ください。

「日本ドキュメントフィルム」公式サイト:
亀井文夫 作品案内
       略歴
でも、略歴のハイライトをピックアップすると――
1939 「戦ふ兵隊」を陸軍省の依頼で製作。
   これは『疲れた兵隊』だ、との陸軍省の見解により上映禁止
1940
 代表作の一つとも言われる信濃三部作の一つ「小林一茶」を発表
   文部省はこれを認定しなかったため、文部省『非認定』映画として全国上映、大ヒット
1941
 治安維持法違反の容疑で逮捕、投獄
1945
 天皇の戦争責任を問う「日本の悲劇」をニュースフィルムを素材にして構成、編集
   GHQは上映を許可したが、時の首相、吉田茂はこれを見て激怒、フィルムは没収、上映禁止
1955 日本ドキュメントフィルムを設立
     「流血の記録砂川」「世界は恐怖する」「生きていてよかった」「人間みな兄弟」 
   アメリカ大統領ケネデイは「生きていてよかった」を見て感激、アメリカへの招待状
   日本政府はビザの発給を拒否
  (注)映画リンクは、公式サイト以外のもの。作品案内にも解説があります。

Wikipedia「亀井文夫」

ブログ『院長の独り言』世界は恐怖する 死の灰の正体1957年制作

世界は恐怖する 死の灰の正体 - goo 映画





子どものころ、春日八郎が歌う『お富さん』が全国的にブレークしていました。
粋な黒塀 見越しの松に
仇な姿の 洗い髪
死んだ筈だよ お富さん
生きていたとは お釈迦さまでも
知らぬ仏の お富さん
エーサオー 玄治店(げんやだな)



歌詞の最終フレーズが暗示的ですね…
  
  命みじかく 渡る浮世は
  雨もつらいぜ お富さん
  エーサオー 地獄雨

この歌を、わたしたち小学生は替え歌で歌っていました。
いきな原爆 みこしの水爆
それにやられた久保山さん
……
いま思い出せるのはこの出だしだけですが、もちろんこれは第5福竜丸のブラボー水爆実験による被曝を歌ったものです。当時、原水爆の大気圏中実験が社会に深刻な影を落としていたことをはっきり憶えています。
映画『世界は恐怖する』が被曝の恐怖を正面から見つめるものである理由は、当時の時代風潮にあるのでしょう。それに、戦時中は陸軍省の鼻を明かし、戦後は天皇の戦争責任を追求して吉田首相を激怒させたという亀田監督の強烈な反骨精神のなせるわざなのでしょう。
思うに、311後の原発ムラ無責任体制の根源は、戦後の新憲法体制下において天皇の戦争責任を不問に付したことに遡(さかのぼ)れるのかもしれません。 

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