2012年8月6日月曜日

「低線量被ばくの影響~健康リスク無視するな」インゲ・シュミッツ・フォイエルハーケ氏インタビュー


120806【毎日新聞】インタビュー:インゲ・シュミッツ・フォイエルハーケ氏
健康リスク無視するな
東京電力福島第1原発事故後、低線量被ばくや内部被ばくへの関心が高まっている。健康影響をどう考えるべきか。約30年前に原爆被爆者のデータを分析し、リスクを指摘したイングーシュミッツーフォイエルハーケ博士に聞いた。
【聞き手・須田桃子、写真・木葉健二】


インゲ・シュミッツ・フォイエルハーケ氏(76)
Inge Schmitz-Feuerhake
1935年、ドイツ・ニーダーザクセン州生まれ。ブレーメン大で実験物理の教授として放射線の健康影響を研究。市民団体「ドイツ放射線防護協会」創設メンバー。04年からECRR委員長。
欧州放射線リスク委員会(ECRR)
国際放射線防護委員会(ICRP)や国連科学委員会、各国の政府から独立し、放射線被ばくによる健康影響を科学的に評価することなどを目的に、97年に設立された市民団体。 03年と10年にリスク評価の方法などを示す勧告を発表している。本部はベルギー・ブリュッセル。
低線量被ばくの影響
――放射線影響研究所(放影研)が実施した原爆被爆者の健康リスク調査に対し、83年に批判する論文を出しました。どんな研究だったのですか。
◆放影研の調査は、直接被爆者の健康リスクを入市被爆者(原爆投下後に爆心地に入っ人)や遠距離被爆者と比べていた。そこで私は日本人のがんなどの平均的な発症率や死亡率と比較し、入市被爆者や爆心地から2・5キロ以上離れた所にいた遠距離被爆者の相対的なリスクを求めた。その結果、白血病や呼吸器系・消化器系のがんによる死亡率は全国平均を上回り、発症率は甲状腺がん、白血病、女性の乳がんで1・5~4・1倍だった。放射性降下物(黒い雨、死の灰など)による内部被ばくの影響が大きいことを示す結果だが、当時の学界の常識とは異なっていたため、国際的な医学雑誌に論文を投稿したところ、いったん掲載を拒否された。その後、編集部から提案を受け、論文ではなく編集者への手紙という形で掲載された。
――放影研による原爆被爆者の研究は、国際放射線防護委員会(ICRP)による放射線の健康リスク評価の基礎データになっています。
◆確かに、放影研の調査は重要な情報だ。しかし、原爆投下から最初の5年間のデータが欠けている▽心身が傷つき適切な医療を受けられなくても生き残つた「選ばれた人々」のデータである▽原爆投下後の残留放射線を無視している――などの理由で、限定的な情報でもある。一方でこの数十年間、原子力施設の事故や原発労働者、医療用X線照射、自然放射線などに関して、さまざまな研究で低線量被ばくの健康影響が裏付けられてきた。だが、そうした研究の多くは広島・長崎のデータと矛盾することを理由に無視されてきた。ICRPのリスク評価は特に、長期間受け続ける低線量被ばくの影響を過小評価しており、がん以外の病気への意識も欠けている。
――白本の原爆症認定を巡る集団訴訟では残留放射線による内部被ばくで健康被害を受けたと訴えた原告側か勝訴してきました。しかし、国は「内部被ばくの影響は無視できる」という従来の主張を変えていません。
◆多くの国で同様のことが起きている。公の機関が内部被ばくを認めれば、原発労働者の健康リスクに対して責任を認めざるを得ないからだ。原発労働者は、福島で被はくした人々と同じ問題を抱えている。
――東京電力福島第1原発事故後、日本では政治家や一部の専門家が「100ミリシーベルト以下の被ばくはほとんど影響がない」などと説明してきました。
◆これまでの医学的知見を全く無視した説明だ。100ミリシーベルトを下回る線量でのがんの発症は既に医学誌などで報告されている。放射線は細胞の突然変異を促進させ、これ以下なら安全という線量の「しきい値」は存在しない。予防原則に立って被ばくを低減させる対策が必要だ。
「線量」市民が把握を
――放射能への不安から来るストレスのほうが放射線そのものによる健康リスクを上回ると いう意見や、過剰な反応による経済活動への影響を心配する声もあります。
◆騒ぐことのリスクが放射線による健康リスクを上回るという説明は、常になされている。ドイツでもチェルノブイリ原発事故後、同じ主張が展開されたが、科学的根拠のない主張だ。経済活動よりも、これから生まれる子どもを含めた市民の健康こそ、最も大事なことではないだろうか。もちろん、何も分からずに騒ぐのはよくない。環境中や食品の放射線量、個々の被ばく線量をきちんと測定し、それが何を意味するかを市民自らが知ろうとすることが大事だ。
――福島事故後の日本政府の対応をどう評価しますか。
  ◆福島第1原発の半径20キロ圏内を警戒区域に指定したことは評価している。避難区域の設定で年間20ミリシーベルトを目安としたことも、大規模な原発事故に準備のなかった政府の選択として理解できなくはない。だが現在、他の原発を再稼働させ、意識を「復興」に切り替えようとしていることは、国民に対して非常に無責任ではないか。
 広島・長崎の原爆、あるいは過去の大気圏核実験では、まき散らされた放射性物質の総量が明確だ。しかし福島の場合、正確な放出量が今もって分からない。質・量ともに原爆をはるかに上回る核燃料が無防備な状態で存在し、今後安全に回収できるかも不明だ。事故直後より大幅に少ないとはいえ、放射性物質の放出も続いている。事実の深刻さを認識すべきだ。

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120726毎日新聞・広島版
内部被曝講演会:ドイツの専門家、26日に中区で /広島

脱原発を選択したドイツで、内部被ばくなどの問題提起をしている放射線専門家2人の講演会「フクシマ、ヒロシマ、ドイツを考える」が26日、中区袋町の広島市まちづくり市民交流プラザで開かれる。
「市民と科学者の内部被曝(ばく)問題研究会」の主催。原爆被害者のデータを基に、約30年前に内部被ばくの問題を訴えた欧州放射線リスク委員会(ECRR)のメンバー、インゲ・シュミッツ・フォイエルハーケさんが初来日。低線量被ばくの検証を進めるドイツ放射線防護協会のセバスチャン・プフルークバイル会長も講演する。
午後69時。資料代1000円。問い合わせは、広島市立大広島平和研究所・高橋博子講師(hirokot@peace.hiroshima-cu.ac.jp)。
【当ブログ内記事】
放射線影響研究所原爆被爆者の死亡率に関する研究:19502003日本語版


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